MDV20周年特別インタビュー
医療ビッグデータにより実臨床の仮説がエビデンスで裏付けられた
「現場の勘とか、これまでそうだったから」ではない医療へ
医療法人社団筑波記念会 筑波記念病院 副院長 池澤和人 様
医療ビッグデータにより実臨床の仮説がエビデンスで裏付けられた
「現場の勘とか、これまでそうだったから」ではない医療へ
医療法人社団筑波記念会 筑波記念病院 副院長 池澤和人 様
医療法人社団筑波記念会(茨城県つくば市)が運営する筑波記念病院副院長の池澤和人先生を中心とするチームが取り組んだ、国内最大規模の実患者数を誇るMDVの診療データを活用した一連の研究が、相次ぎ各学会で称賛を浴びました。
2020年11月に開催された第40回日本医療情報学連合学会で発表した、「脳梗塞患者における入院3日以内の早期食事開始が退院後転帰に及ぼす影響」が学術奨励賞(優秀口演賞)を受賞。
また、翌2021年7月に開催された第23回日本医療マネジメント学会学術総会で発表した一般演題(口演A)の「脳梗塞治療への早期栄養とリハビリ併用の有効性検証:機械学習による傾向スコア分析」が最優秀演題賞に輝きました。
研究テーマ
「脳梗塞患者における入院3日以内の早期食事開始が退院後転帰に及ぼす影響」
https://confit.atlas.jp/guide/organizer/jcmi/jcmi2020/subject/2-E-1-04/search?initFlg=true&page=20&lang=ja
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34927343/
「脳梗塞治療への早期栄養とリハビリ併用の有効性検証:機械学習による傾向スコア分析」
https://www.congre.co.jp/jhm2021/images/BestPaperAwards.pdf
研究のきっかけ
池澤先生に、それぞれの研究に取り組んだきっかけをお聞きしました。
MDV:この研究をスタートしたきっかけを教えてください。
池澤先生:消化器内科医として、脳梗塞の患者さんをテーマに臨床研究を考案した理由は2つあります。まず第1に、患者さんに最適な栄養療法を提供することを目的とする、多職種により構成された栄養サポートチーム(NST)で活動する中で、患者さんにとって適切な食事開始の時期を見極めなければならないという課題を感じていました。
NSTは消化器系疾患だけでなく、入院しているほとんどの患者さんに対して、どの病院でも実施されています。対象としては、脳梗塞で入院された患者さん、もちろん重症な患者さんも軽症な患者さんもいらっしゃいます。どの症度であっても、入院当初はなかなか食事が進みません。
円滑に在宅復帰できる、つまり、お家に帰るために大事なポイントは、食事とトイレ(排泄)です。どのように食事を摂るのか、どうやって排泄行為をクリアするのか、これらが大きな関門です。
排泄の方はちょっと置いておくとして、最初は食事が摂れない状態で入院したうちの、一体どれくらいの患者さんが食事を摂れるようになってお家に帰ることができているのか?という素朴な疑問を持ち、NST活動をする中で、絶えずクリニカルクエスチョンとして存在していました。
では何が、食事が摂れるか摂れないかの差になっているのか、ひょっとするとこの患者さんは、実際には食事が摂れるのに点滴だけをして、ぐずぐずと食事を提供しない病院側の事情もあるのでは、と。実はそういう患者さんが少なくないのかもしれないという可能性を考えました。
今回の研究テーマで仮説として設定した、“食事が摂れるのであればなるべく早くから食事を提供して良い栄養状態を維持できると、お家に帰れる患者さんが増える、というのは当たり前なことなのですが、それが単に自分たちだけの勝手な仮説ではなくて、大規模な診療データベース、つまり医療ビッグデータを使ってより確かな科学的根拠(エビデンス)として確認してみたいと考えたのです。
クリティカルパスへの素朴な疑問も
それと、もう1つは今から10年、20年以上前から浸透し、今ではどの病院でも普通に導入しているツールである、クリティカルパスへの疑問です。クリニカルパスとも言います。
いまやクリティカルパスにより、多くの疾患に対して粛々と医療が提供されています。ただし、ほとんどのクリティカルパスは、私たち医師の経験則に基づき作成されます。各学会のガイドラインに準じているという側面は確かにあります。しかしその多くは先輩医師から、入院後のある時期になったらそろそろ食事開始というような、医局で古くから伝わる習慣をただ具現化しておなじように治療しようというツールが、クリティカルパスなのです。
つまり、クリティカルパスはエビデンスレベルが決して高いとは言えません。先輩医師から教わったままに、いわば流儀や流派に従って治療をしていく中で、「何で入院した初日は食事を提供しないのか、それなのにある日からは自動的に食事を出す治療法が、果たして正しいのだろうか」と疑問を感じていました。あまりエビデンスもなく、クリティカルパスは医療者にとっての単に目安として受け継がれているだけなのに、本当にこれでいいのかと思ったわけです。
このクリティカルパスに象徴されるような、現場の勘とか、「これまでそうだったから」ではない、確かなエビデンスを医療ビッグデータで見出したくなり、今回の一連のテーマで研究するに至りました。エビデンスの検証には機械学習を用いて斬新性を高めました。2つ目の研究は、1つ目の続編のようなもので、リハビリテーション(リハビリ)という視点を加えました。
人間を機械に例えるのは、おこがましいことかもしれません。でも自動車がガソリンを給油しないと走らないのと同じように、人間も栄養がないと動けません。アウトカムには、ADL(日常生活動作)評価を設定して、自力でトイレに行けますか、ご自身で着替えができますかといった内容を点数化したランキンスコアの増減を用いました。
この研究で検証したところ、脳梗塞で入院された患者さんでは食事だけを始めた場合よりも、早期にリハビリも開始した方が、入退院の前後でADLのスコアが改善できた患者さんが多かったという結果を導いたのです。
MDV:今後は、どのような研究テーマを考えていらっしゃいますか?
池澤先生:これまでの研究を通じて、実臨床でのさまざまな仮説が医療ビッグデータによって裏付けられました。次は、今年度から3年をかけたプロジェクトを進めています。今回は水戸済生会総合病院(水戸市)消化器外科の丸山常彦先生が主任研究員となり、スタートしました。胃がん周術期の患者さんの、特に術後の経過についてMDVの診療データで何が分かるかを突き詰めていきます。
一連の研究で栄養療法の有効性検証を積み重ねてきたので、術後のどのタイミングで食事を始めるのがベストかを胃がんでも確認します。過去7年分の膨大なデータから、「胃がん」をターゲットとしてまず40数万症例を入手し、その中から手術症例を絞り込みました。今後は、術後に望まれる最適な臨床経過をMDVから得られた診療データをもとに、機械学習によるエビデンスを踏まえて、どんどん構築していこうと考えています。