コラム

疫学とは?研究やデータ活用の方法を解説 #004

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当社では、日本最大級の量・質を誇る診療データベースを保有していますが、これらは主に疫学などに活用されます。

「疫学」という言葉をメディアなどで見聞きした経験のある方は多いかと思いますが、一体どんな学問なのか、何を目的としているのかなど、基本的な知識を持っている方は決して多くありません。

そこで今回は、疫学の概要や疫学研究の方法、データ活用法など、疫学に関する知識・情報をまとめました。


疫学とは、病気にかかる法則を研究する学問のこと

疫学とはの図

疫学とは、人間集団の中で発生する病気の原因や流行状況などから、病気に罹患する法則を研究する学問のことです。

疫学は英語で「Epidemiology」といいますが、Epiは「~の上に」、demosは「人々」、logosは「学問」をそれぞれ意味しており、人々の上で起こっている、あるいは起こりつつある現象を観察・分析する学問であることを意味します。

疫学は名前の通り、個人ではなく集団を対象としたもので、実際に調査・研究をする際は、集団の定義や年齢、学年、性別など、調査対象の属性を明らかにしたうえで事象の頻度や分布を調べることになります。

疫学の目的

疫学の目的は、社会で起こっている疾病あるいは健康異常の発生の原因となる因子を明らかにし、これを予防することです。

病気とリスク要因の因果関係を明らかにすると共に、その因果を断ち切り、罹患を減らす可能性を追求します。

疫学によって得られたデータをもとに、予防医学の研究と実践に対して有用な理論と方法を提供するのも、疫学の重要な意義のひとつです。

疫学は長い歴史の中でさまざまな功績を挙げており、1854年のコレラ伝播様式の解明を筆頭に、脚気の原因解明、喫煙と肺がんの因果関係の解明などが代表的な事例として挙げられます。

「薬剤疫学」の概要と、疫学との違い

疫学と混同されがちな学問のひとつに「薬剤疫学」があります。

薬剤疫学とは、人間集団における薬物の使用と、その効果や影響を研究する学問のことです。

ここでいう「人間集団における薬物の使用」とは、医療現場における医薬品の使用を意味しており、薬剤疫学は主として医療用医薬品の有効性や安全性、経済性を研究する学問とみなされています。

薬剤疫学の源流は第二次大戦後、新しい医薬品が次々に開発された時代にあると考えられています。

新たな医薬品の誕生は、治療の選択肢を増やすと同時に、再生不良性貧血などの問題を引き起こす要因にもなりました。

そこで米国医師会とアメリカ食品医薬品局(FDA)は1952年、全米の医師に対して症例の報告を求めることを決めました。

これが薬剤疫学の起点となり、人々が適切に薬剤を使用できるよう、人間集団において発生した有害事象と医薬品の使用との因果関係を解明する手段として日々、調査や研究が続けられています。

疫学との違い

疫学と薬剤疫学は、ともに人間集団における有害事象の発生と、リスク因子との因果関係を研究する学問ですが、対象とする範囲に大きな違いがあります。

疫学の場合、研究対象は「健康に関連する状態や事象の集団中の分布や決定的要因」であり、疾病をはじめ、死因や行動、良好な健康状態、健康向上のための対策等に対する反応、保健医療サービスの利用など、その範囲は多岐にわたります。

一方、薬剤疫学はあくまで医薬品を利用した場合に起こる有害事象と、そのリスク因子の因果関係を解明することを目的としたもので、疫学に比べると研究対象の範囲はぐっと狭くなります。

逆にいうと、薬剤疫学は疫学から発展した分野のひとつであり、広義では「疫学」に分類されます。

疫学研究の方法

疫学研究の方法は、大別すると「記述疫学」と「分析疫学」「介入疫学」の3種類があります。

ここではそれぞれの方法の特徴について解説します。

1.記述疫学

記述疫学とは、人間集団における疾病の特性を観察し、記述する研究のことです。

「疾病の特性」とは、発症頻度や分布、関連情報などを指しており、これらの特性を人・場所・時間別に詳しく観察し、記述する必要があります。

「人」の項目には、性別や年齢、人種のほか、遺伝や家族歴といった要素も含まれており、記述疫学によって「男性の罹患率が高い」「遺伝の要素が強い」といったリスクを解明することができます。

「場所」については、国際比較のほか、国内では地域別や県別、市町村別など、より狭いエリアを対象とした観察・記述をします。

日本と諸外国はもちろん、同じ国内でも、地域によって食習慣や生活習慣、気候などに違いがあるため、記述疫学によって「OECD諸国に比べて、日本人男性は脳血管疾患の発症率が高い」[注1]、「東京都は乳がんの発症率が全国1位」[注2]といった場所別のリスクを把握できるようになります。

そして「時間」では、年次変化や周期変動、季節変動など、さまざまな時間軸における疾病の特性を観察・記述します。

たとえば日本では1970年代以降、大腸がんの罹患率が右肩上がりに増えています。[注3]
これは食生活の欧米化に要因があるのではないかと考えられています。

このように、人・場所・時間別に疾病の発症頻度や分布、関連情報を観察し、記述すれば、その結果からリスク発生要因の仮説を立てることができます。

[注1]日本疫学会「記述疫学」
https://jeaweb.jp/glossary/glossary002.html

[注2]政府統計の総合窓口「全国がん登録 / 全国がん登録罹患数・率 都道府県一覧 罹患数・率」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450173&tstat=000001133323&cycle=7&year=20170&month=0&tclass1=000001133363&tclass2=000001133368&tclass3=000001133369&stat_infid=000031941949&result_back=1&tclass4val=0
東京都福祉保健局「がんの罹患率」
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/research/genjyou/rikanritu.html

[注3]厚生労働省「大腸がん罹患率の推移」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/02/dl/s0228-3e.pdf

2.分析疫学

分析疫学とは、記述疫学などから得た仮説要因と、疾病との統計学的関連を確かめ、因果関係を推定する研究のことです。

記述疫学は「誰が(Who)」「どこで(Where)」「いつ(When)」「何に(What)」を明確にする研究である一方、分析疫学は「なぜ(Why)」を追求し、4つの「W」から得た仮説の検証をします。

分析疫学の種類は以下4つに分類されます。

  1. 症例対照研究
    疾病の原因を過去にさかのぼって調査する方法
  2. コホート研究
    仮説要因を持つ集団と持たない集団を追跡し、疾病の罹患率または死亡率を比較する方法
  3. 横断研究
    ある集団の、ある一時点での疾病・健康障害の有無と要因の保有状況を同時調査する方法
  4. 生態学的研究
    個人ではなく、地域や国・県・市町村といった集団単位を分析対象とし、異なる国・地域間の要因と疾病の関連を検討する方法

これら4つの方法は、それぞれ疾病と要因の時間関係や、リスク評価の方法、研究機関、対象人数などに大きな差があります。

そのため、分析疫学では複数の種類を併用して調査をして、さまざまな観点から仮説を検証します。

介入疫学

介入疫学とは、分析疫学によって疾病との因果関係が推理された危険因子・予防因子について、除去あるいは適用などの介入を行う研究方法のことです。

人間集団に対する介入がどのような影響を与えるか、一定期間観察し、疾病の予防や予後改善に効果的であるかどうかを確認することを目的としています。

介入疫学の方法にはいくつかの種類がありますが、最もスタンダードかつ有効性の高い方法として知られているのが「無作為割り付け試験」です。

別名「ランダム化比較試験」とも呼ばれており、対象者を、介入するグループ(介入群)、介入しないグループ(非介入群)の2つに分け、比較するものです。

たとえば、介入群に新しい健康法を実施してもらう一方、非介入群には従来の健康法を実施してもらい、その結果を比較することで、介入による効果を検証できます。

なお、対象者に介入する介入疫学に対し、介入しない記述疫学と分析疫学は「観察疫学」とも呼ばれています。

疫学研究のデータ活用

記述疫学や分析疫学等の観察疫学を行うには、膨大なデータが必要となります。

ここでは、疫学研究に用いられる主なデータと、それぞれの活用方法をご紹介します。

レセプトデータ

レセプトとは、患者に対して提供された医療行為(保険診療)について、医療機関が保険者に請求する際に作成される診療報酬明細のことです。

レセプトには診療年月や患者の名前、性別、年齢のほか、診療を受けた医療機関の情報、傷病情報、薬剤情報、診療行為、材料情報などの項目が記載されています。

レセプトをチェックすれば、いつ・誰が・どこで診療を受けたか。診療の結果、どんな傷病と診断されたか、どのような医療行為を受けたか、などの情報を調べることができます。

データ量、記載されている項目数ともに豊富なので、記述疫学や分析疫学などの研究に用いられます。

調剤レセプトデータ

調剤レセプトとは、調剤薬局で処方された医薬品や費用の明細を記した調剤報酬明細のことです。

調剤レセプトには、患者の氏名や保険者番号、診療を受けた医療機関名のほか、処方された医薬品の名前や規格、用量、剤形、用法などの情報が記されており、誰が・いつ・どこで・何を処方されたのかを調べることができます。

特に薬剤疫学の研究に有用で、医薬品の使用実態調査や、投薬治療を受けている患者の追跡調査などに用いられます。

保険レセプトデータ

日本では国民皆保険制度が導入されているため、患者の窓口負担は最大3割で済み、残りの7割は健康保険組合などを運営する保険者が負担する仕組みになっています。

この7割分を保険者に請求するために作成されるのが保険レセプトで、社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会の審査支払機関に提出します。

一般的なレセプトは医療機関単位で管理されているため、途中で患者が転院してしまった場合、それ以上追跡できなくなってしまいますが、保険レセプトなら加入している健康保険から脱退しない限り、患者の診療実態を追跡することができます。

そのため、保険レセプトデータは長期間にわたって特定の患者を追跡する調査・研究に多用されます。

疫学についてよくある質問

質問1:疫学と薬剤疫学の違いはなんでしょうか?

疫学とは、病気にかかる法則を研究する学問のことです。
薬剤疫学とは、人間集団における薬物の使用と、その効果や影響を研究する学問のことです。

質問2:疫学研究にはどのようなデータが使われるでしょうか?

疫学研究のデータ活用として、レセプトデータ、調剤レセプトデータ、保険レセプトデータなどが用いられます。

質問3:コホート研究とはなんでしょうか?

コホート研究とは、分析疫学の一種となり、仮説要因を持つ集団と持たない集団を追跡し、疾病の罹患率または死亡率を比較する方法です。

疫学は人々の健康的な生活を守るために欠かせない学問

疫学は、私たち人間の健康に影響をもたらす有害事象の頻度や分布、およびそれらのリスク要因を明らかにし、効果的な対策を模索することを目的とした学問です。

疫学研究を行うことにより、疾病の原因を特定し、より効果的な予防法や治療法を見出すことが可能となります。

疫学は、事象を観察する記述疫学や分析疫学と、対象者に介入する介入疫学の3つに分類されますが、観察疫学といわれる記述疫学と分析疫学を行うには、膨大なデータが必要です。

疫学研究は記述疫学→分析疫学→介入疫学の順に、ふるいにかけるように進行してきますので、観察疫学の時点で十分な量のデータを取得できなければ、疫学研究の質が落ちてしまいます。

当社では、疫学研究や薬剤疫学研究に応用可能な日本最大級の診療データベースと、医療ビッグデータを利活用する独自のノウハウにより、高度なデータ分析を実現しています。

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