コラム

「臨床・薬学研究に貢献する医療ビッグデータ」#3 香川大医学部附属病院 祖父江理准教授

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慢性腎臓病(CKD)の早期診断・治療を後押しへ 日本、スウェーデン、米国の医療ビッグデータを検証

 香川大学を中心とした研究グループが日本、スウェーデン、米国の電子カルテデータや医療費請求データを用いた観察研究を実施したところ、CKD患者は診断後の入院イベント・死亡リスクが脳卒中などの動脈硬化性疾患よりも高く、腎保護薬といった治療選択肢があるにもかかわらず、未治療により重症化リスクを抱えていることが分かりました。この検証において、日本のデータベースとして、メディカル・データ・ビジョンの国内最大規模の診療データベースが使われました。

 また、この研究はアストラゼネカ(英国本社)の資金支援により実現しました。

【香川大のウェブサイト】
https://www.kagawa-u.ac.jp/ckd

 CKDの患者数は全世界で約8億5000万人いると推計されています。CKD発症後に適切な治療をしないと、腎臓の機能が徐々に低下。末期腎不全となり、透析導入や腎移植を選択しなければ生命を維持することが難しくなります。

 そこで、CKDの早期発見・治療を促進し、すでに有効な腎保護薬の積極的な利用を啓もうするために今回、3か国の医療ビッグデータを使ったCKD患者の入院イベントや死亡リスク、医療費などを検証しました。CKD基準を満たした日本の患者7万5965人(3か国全体44万9232人)で年齢の中央値は81歳で、男性が54%でした。そこで、同大医学部附属病院の祖父江理准教授に、検証結果についてお聞きしました。

 祖父江氏のインタビューは以下の通りです。

 CKDの診断は尿検査や血液検査などで腎障害の存在が明らかであり、特に(1)0.15g/gCr以上のタンパク尿(30mg/gCr以上のアルブミン尿)がある、もしくは(2)糸球体濾過量(GFR)<60ml/分/1.73㎡の(1)、(2)のいずれかまたは両方が3か月以上続くことが診断基準です。

 今回の研究でCKD患者の入院イベントは、心不全や動脈硬化症疾患(脳卒中、心筋梗塞、末梢動脈疾患)に比べ高頻度であることが分かったほか、5年間の累積医療費についてはCKDと心不全がほぼ肩を並べるほどとなり、それぞれ一人あたり90万円を超えました。

 こうした中で、CKDに対する腎保護薬であるRAS阻害薬や2021年に非糖尿病患者にも保険適用となったSGLT-2阻害薬を服用しているかを、2型糖尿病併存患者と非併存患者で比較したところ、併存患者で約4割、非併存患者で約2割となり、スウェーデン、米国と比べると日本が最も低い水準であることが分かりました。せっかく良い薬が開発されても、CKDと診断され、医療機関を受診しないと投薬に至らないことがよくわかりました。

CKDの早期診断・治療が重要

 本来ならば、CKDを健康診断でスクリーニングできればいいのですが、特定健診の検査でeGFRは必須項目ではなく、現状の健診だけではCKDの早期診断・治療の開始が難しい状況です。私が学術委員会委員を務める日本腎臓学会も、特定健診の必須検査項目にeGFRを盛り込むよう求めていますが、まだ実現していません。

 一方で、香川県はCKD対策の先進県です。私を含めた腎臓専門医は2015年、県の慢性腎臓病対策協議会を設立、香川県国民健康保険連合会と連携し、国保特定健診と後期高齢者の特定健診においてすべての健診受診者にeGFRを測定する仕組みを作りました。また、腎臓病が疑われる健診受診者に対して市・町から重症度に合わせて保健指導票もしくは受診勧奨票を送付しています。

 受診勧奨票の送付により二次検査の受診を促す取り組みの開始から5年間(2015~2019年)と開始前(2013~2014年)と比較したところ、健診受診者の中でCKD患者の割合は17.7%から23.2%に増加。一方、健診受診率は40.8%から43.2%に上昇しました。また、国保総医療費に占める腎疾患の割合は減少傾向をたどり、年間45.4億円から42.7億円へと減少しました。

 香川県ではCKDについての病診連携を進めていて、かかりつけ・内科開業医の先生方に、健診受診者の腎機能・蛋白尿の再検査を実施していただき、それでも同様の腎機能であれば一度、腎臓専門医にご紹介いただくようお願いしています。また、腎臓専門医への紹介には、『かがわCKD病診連携紹介シート』のご使用をお勧めしています。このシートはチェックを入れるだけで紹介状の代わりとなり、簡単に腎臓専門医への紹介が可能となるようにしています。

【かがわCKD病診連携紹介シート】
http://kagawa-ninai.jp/wp/wp-content/uploads/62e991d45539a5c968abf71e2b563d62.pdf

 実臨床においては、高血圧や心血管疾患などがあれば一層、患者の腎機能のモニタリングを実施し、できるだけ早い段階でCKDの可能性を疑うことが大事です。早期のCKD患者の多くはかかりつけ医で診察を受けていると予想されるので、血圧の上昇や浮腫などの兆候を見逃さないことが肝要となります。

 このほか、私の最近の活動については、2022年度の診療報酬改定で新設された「透析時運動指導等加算」をきっかけに、全国の血液透析実施施設で腎臓リハビリテーションがどの程度浸透しているかを日本腎臓リハビリテーション学会学術委員会調査研究ワーキンググループとして調査しました。その結果、透析時運動指導等加算の新設後に、腎臓リハビリテーションを実施する施設が約2倍に拡大したことが分かりました。

 ところが、腎臓リハビリテーションは、透析治療開始後の患者だけでなく、CKD患者にも有用です。日本腎臓リハビリテーション学会『腎臓リハビリテーションガイドライン2018』など、CKDに関するガイドラインでは運動療法が推奨されています。腎臓リハビリテーションを積極的に取り組めば、CKD患者もeGFR、蛋白尿の改善につながります。

【祖父江先生のご略歴】

2004年3月 香川大学医学部卒
2012年7月 香川大学大学院分子情報制御医学修了
2018年2月 日本腎臓学会ネフローゼ症候群ガイドライン策定委員会パネルメンバー
2020年6月 日本腎臓学会学術委員会委員
2021年4月 香川大学医学部附属病院 准教授
同         日本腎臓学会CKD診療ガイドライン2023年作成委員会委員

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